#JCEJ 活動日記

日本ジャーナリスト教育センター(Japan Center of Education for Journalists)の活動を紹介しています!

地域の外に伝えるための「翻訳能力」を身につけよう 「東北ローカルジャーナリスト育成事業」レポート

「ローカルジャーナリストの役割は、地方と都市をもう一度つなぐこと」。島根県を拠点に「ローカルジャーナリスト」として活動する第一人者・田中輝美さんは、地域のニュースを全国に届けるには、取材・執筆力だけでなく、外に伝えるための「翻訳能力」が欠かせないと話します。日本ジャーナリスト教育センター(JCEJ)が開催した「東北ローカルジャーナリスト育成事業」(地域の魅力を再発見するには)での田中さんの講義詳細をお届けします。

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「一方通行」のニュース

最近、印象に残った地方のニュースはありますか?あらためて聞かれると意外と難しいのではないかと思います。

実際に「地方」「ニュース」のキーワードで、インターネット検索してみました。日本最大のニュースサイト、Yahoo!の地域ニュースのページが出てきます。さらに見ていくと、水難事故、トラック転落など......事件や事故ばかりですね。Yahoo!ニュースは月152億PVを誇りますが、地域ニュースは全体の1割です。1割の中でも事件事故がほとんどと言ってもいい状況です。

 

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もちろん新聞やテレビでも、地方ニュースの枠はありますが、マスメディアは基本的に2層構造になっています。テレビなら大都市にいわゆる「キー局」が、新聞なら全国紙の本社が東京にあります。その下に地方支局があり、情報は一旦東京に集められてから、もう一度各地に配信されます。

地方ニュースの枠はとても小さく、それを47の地域が競い合っている、という構造です。全国放送の中で、自分の地域が出てくることは本当に稀です。

その地域に特化した地方紙やテレビのローカル局も存在しますが、基本的には地域内に情報を共有するのが目的です。地方から全国ではなく、東京で起きたニュースを地方に持っていく、というビジネスモデルです。基本的に、ニュースは東京から地方への「一方通行」になっています。

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そこで、東京の視点のニュースが多くなります。首都圏で雪が1センチ積もって大変だ、というニュースを地方の人が見て「いやいや、こっちじゃ毎日だよ」ということが、よくありますよね。

これは、仕方がないことでもあります。例えば地方紙やローカルメディアの顧客は、地域の「外」にいるわけではなく「中」にいます。顧客がいる地域の「中」に向けて情報を発信するというビジネスモデルで回っているので、「外」に向けて発信することへのインセンティブがどうしても弱くなります。

「東京目線」で切り取られる地方

Yahoo!以外のウェブではどうでしょうか。地方の記事をさらに調べてみました。

私が暮らす島根県には、海士町という離島があるのですが、10年間で400人以上のIターン者が訪れた「改革の島」として有名です。以前、海士町がどんな風に書かれているか検索してみてみたことがあるのですが、ほとんどが「町長がすごい!」「俺たちの知らないパラダイスの島があった」というもの。似たような切り口の記事ばかり並んでいました。

それはなぜかというと、新聞やテレビと同じく、ウェブメディアも結局は東京が拠点で、そこに記事を書くフリージャーナリストも、ほとんどが東京にいます。地方に来て記事を書くときは「旅人」としてやって来て、短期間で「非日常」を切り取って帰っていくことになるのです。

もちろん、外から来たからこそ見えるものがあるので、否定をするつもりはありません。ただ、この逆の、地方から全国への流れがあまりにも弱すぎることが問題だと思っています。だから東京にいると地方のニュースは伝わってこない。もっとこの流れを強化したいし、すべきだと感じています。

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地方ニュースには、ニーズがない?

流れが弱いということは、地方ニュースにはニーズがない可能性もありますよね。

ところが、実際Yahoo!ニュースに聞いてみると、地域別ニュースへの反応は、エンタメやオリンピックにも勝てるくらい良いそうです。Yahoo!も「地元のリアル」を書いてくれる人を求めていますが、今のところ書ける人がいない。だから事件事故の情報しかないというのが現状だと思います。

内閣府の調査によると、東京に住む人の4割が移住を希望しています。彼らが困っていることは、地方の情報が十分でなく、情報の入手先がわからないことだ、という結果も出ています。地方の情報はニーズがないわけではなく、求めている人がいるのに届いていない状況だと言えます。

記者時代に感じたジレンマ

私が以前勤めていた山陰中央新報社は、島根県松江市に本社がある地元紙で、シェアは7割近くあります。読者からの反応も大きくやりがいがありましたが、東京支社で勤務した際、大きなジレンマを感じました。

地方紙は、県民に情報を流すのが仕事。東京にいて「島根にはこんな面白いことがあるんだよ」と言っても、別の地域に伝えるチャンネルが全くありませんでした。

東京の人は、びっくりするほど地方に興味がないんだ、とも感じました。地方に住んでいると、地方と東京の両方が見えますが、東京の方にはあまり地方は見えていないんですね。それが悪いといいたいわけではなく、地方のニュースが東京に届かないという構造があるので、知らないことには興味の持ちようがないということだと思います。

地域の中にニュースを届けることの意義を感じながらも、ローカルメディアってなんだろう、と問題意識を持つようになりました。

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そんな時、山陰中央新報と沖縄琉球新報が組んで、「環(めぐ)りの海」という合同企画に取り組む機会がありました。領土問題について書いたのですが、「全国紙にできないこと、地元の私たちだからできることは何だろう」と考え、徹底して「地元の視点」にこだわりました。その化結果、新聞協会賞を頂くことができました。

その時「ローカルジャーナリズム」の可能性に気づきました。自分たちが今ここに暮しているからこそ、書けることがある、と感じました。そして、届けようと思えば、ソーシャルメディアなど、手段がないわけではありません。

 外とつながるための「編集力」

ローカルジャーナリストの役割は、地方と都市をもう一度つなぐことだと思います。

取材と執筆の能力はもちろん必要ですが、地域の外にニュースを届けるために「編集」する技術が必須です。地元にいながら執筆しつつ、地元の魅力を外に伝える「翻訳能力」をいかに身につけていくかが、外とつながる上でのヒントです。

では、具体的にどうすれば良いのでしょうか?

1.「自分」ではなく「相手」の興味

まず、「自分」ではなく「相手」にとって魅力だと思うことを考えてみてください。それはターゲットが誰かによって変わります。自分がいくら面白いと思っても、相手に読んでもらえなければ、ウェブでいうとクリックしてもらえなくては届きません。「この人に届けたい、どうすればいいだろう」と思って視点を変えて考えてみる。それが自分の中の情報を「編集」することになり、結果的に外に届く情報につながります。

 

2. 「なぜ」を「深堀り」する

「なぜ面白いのか」をきちんと深掘りすることも、外の人にとっての価値の発見につながります。

例えば、この講座の会場である秋田県横手市は、「横手やきそば」や「かまくら」が有名ですが、それだけ書いても、すでに知られている情報なので誰もクリックしません。

例えば、なぜここまで地域資源となったのかをきちんと書くことで、自分の地域をPRしたい、地域の資源がうまく生かされていない、と悩んでいる人たちにとっての普遍性が生まれます。「かまくら、すごいんです!」と言ったところで、「かまくらに興味はありません」で終わってしまいます。「なぜ」を追求してみることが大切です。

 

3. 読者によって書き分ける

読者や媒体によって、違う視点で書き分けることも大切です。私もいろんな媒体に寄稿していますが、それぞれの媒体に合わせて違う形で出しています。

例えば、島根県の一畑電鉄がやっている体験運転の記事を書いた際、「日経グローカル」には、この事業がどうやって成り立っているかという事業ベースの視点で書きました。一方ヤフー個人では、体験運転を実現させた運転手の物語として個人にフィーチャーしました。読者は誰で、どんな点に興味を持つかを意識しながら書き分けています。

「よそ者」の視点で

とは言え「地域の魅力を再発見する」ってそんなに簡単ではないですよね。私も苦労の連続ですが、トレーニングしていくしかない!と思っています。

まずは、アンテナを張ることです。日常にあるちょっとした「へぇ」や「すごい」という感情が、地域を再発見するヒントになります。いつもの出勤ルートを少し変えてみたり、他の土地に出かけてみたりするのも良いと思います。

私自身も、自分の地域の魅力には気付かないことが多いので、外から来た人には必ず「何が面白かった?」「何に驚いた?」と聞くようにしています。

よそ者が来ただけで、普段とまったく違う風景を見せてくれます。その時に「へぇー」で終わらせず、なぜすごいのかを考えれば、そこに必ずヒントがあります。そして、それを誰に届けたいのかを考えることも同時にやってほしいと思います。毎日トレーニングすることで、力が少しずつ付いていきます。

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みなさん一人一人が、自分の地域の発信を担う「ローカルジャーナリスト」になってほしいと願っています。47都道府県にローカルジャーナリストがいれば、素敵ですよね。東京と地方の間で情報が循環してもっといい社会になります。よく「田中さんは島根の魅力を届けたいんですね」と言われます。間違いではありませんが、それ以上に、ローカルジャーナリストとしての活動が「東京一局集中の是正」という課題の解決につながると信じています。ぜひ一緒にチャレンジしましょう。

 

<講師プロフィール>

田中輝美(たなか・てるみ):1999年、山陰中央新報社入社。琉球新報社との合同企画「環(めぐ)りの海−竹島尖閣」で日本新聞協会賞を受賞。日本ジャーナリスト教育センター(JCEJ)運営委員も務める。2014年、「ローカルジャーナリスト」として独立。著書に『ローカル鉄道という希望:新しい地域再生、はじまる』など。

 

本講座は、復興庁の「新しい東北 情報発信事業」に選定された「ローカルジャーナリスト育成講座」の一環として行われています。