日本ジャーナリスト教育センター(JCEJ)は6月19日から21日にかけて、静岡県浜松市で「ジャーナリストキャンプ2015浜松」を開催しました。参加者たちは、どうすれば普段マスメディアやネットメディアで見かけるような「ありきたり」な話から脱却した作品を作れるのか、伝えたい人に届けることができるのか、頭を悩ませながら、取材と議論を繰り広げました。
■取材は勢いが大事、1つのきっかけから広がる
今回の参加者は、関東などからやってきた10人と、地元在住の3人。これに指導役のデスク5人が加わりました。
キャンプは、2泊3日で、取材は朝から夕方にかけて行いました、初日と2日目の夜には、その日の取材を終えた全員が浜松市内の万年橋パークビルに集まり、深夜まで議論を続けました。
3日間の短期取材なので、アポを取るのも一苦労です。参加者のフリージャーナリスト・岸田浩和さんは、浜松に多い在日ブラジル人について、暴走族の観点から扱おうと、初日に2人のアポを取りました。しかし、取材対象としてイメージしていた暴走族が存在しないことがわかり、さっそく方向転換を余儀なくされました。
3日目の正午すぎ、岸田さんの取材に同行すると、市民センターの体育館で、キャンプ中に取材したブラジル人の少年に偶然再会。一緒にいた彼の友人にも話を聞いていました。岸田さんは「短期間の取材では、勢いが大事です。1つとっかかりを見つけることができれば、取材は広がっていきます」と話していました。
岸田さんがこの3日間で出会ったブラジル人の数は10人を超えたとのこと。どんどん取材の輪が広がることによって、多角的な情報が集まるようになったといいます。
■使い古された議論からは何も見えてこない
しかし、取材を繰り返して情報量を増やすだけでは、面白い記事を書くことはできません。夜の議論では、昼間の取材で得た情報をいかに自分なりに整理して、面白い企画にすることができるのかが求められました。
2日目の午後8時すぎに始まった夜の議論では、参加者が、タイトルと企画概要、誰に読んでほしいのか、読むとどんないいことがあるのか、の4点を模造紙に書いて、デスクや他の参加者を前に発表しました。
例えば、参加者の齊藤真奈さんは「空き家が遠ざける『集落』の限界」と題して、限界集落で空き家を活用している事例を紹介しながら、限界集落は必ずしも言葉通りの危機的な状況ではないことを提示できるのではないかと説明しました。
この企画に対して、デスクの開沼博さん(福島大学特任研究員)は「この見せ方では、使い古された議論になってしまいます。読んでも何も見えません」と指摘。「ステレオタイプなステレオタイプ否定」になっていることが突き付けられました。「ありきたり」から脱却することは容易ではないようです。
■人の「本心」をどう表現するか
また、参加者の宮本真希さんは、職人歴70年の鍛冶屋職人を取材して、そこから考えた企画内容を報告しました。
インタビューした鍛冶屋職人は、あくまで自分の力を高めることを第一に考えたために、後継者問題に固執せず、弟子も取らなかったと説明。その話を踏まえて、職人としての凄みを伝えたいと語ったところ、デスクからツッコミが入りました。
デスクの依光隆明さん(朝日新聞be編集部記者)は「それは本心で言っているのか。跡継ぎがおらず、自分の人生を正当化したいから言っているのではないか」と指摘。また、デスクの田中輝美さん(ローカルジャーナリスト)は「職人の姿を描き切ったうえで、本心なのか正当化なのか、読者に委ねてみるといいのではないか」と語っていました。
取材相手が話したことをどう表現すればいいのか。そして、読者にどう伝えればいいのか。企画の面白さだけではなく、描き方にも相当な工夫が求められることを感じさせる場面でした。
■「本当に殻を破ることはできたのか」
冒頭で紹介した岸田さんは、夜の議論では、「日系ブラジル少年サバイバル」と題して、在日ブラジル人が就職活動などの進路にどう向き合っているのかを描こうとしていました。
読者のターゲットとして、「進路に悩む学生」「就活生」「採用担当者」「移民反対志向の人」を掲げていましたが、岸田さんの発表に対して、モデレーターの河井孝仁さん(JCEJフェロー、東海大学教授)からは「このままだとターゲットとして設定した層は読まない。誰が読むのかわからない」と厳しい指摘がありました。企画とターゲットがずれていると、伝えたい人に伝えられないということです。
参加者13人中、5人が浜松の在日ブラジル人問題を扱っていて、同じような問題に直面していました。
4時間以上に及ぶ2日目夜の議論のラストでは、参加者とデスクが、自分が読みたいと思う企画に投票しました。その結果、岸田さんが最多得票を獲得しましたが「僕はまだ十分な取材が出来ていないのではないか。それに、自分の殻を破れているのかわからない」と打ち明けていました。
単に取材して終わりではないのがジャーナリストキャンプです。みんなで考えて議論することで、作品を作り上げていきます。どうすれば、ありふれた話から脱却し、伝わる表現にできるのか。7月下旬のネットメディア「The Page」での作品公開に向けて、これから記事の執筆が本格化します。(運営委員・新志有裕)