日本ジャーナリスト教育センター(JCEJ)は9月22日(土)に早稲田大学で「大槌みらい新聞」を立ち上げるプロジェクトの報告会を開催し、新聞協会賞を受賞した「プロメテウスの罠」で知られる朝日新聞記者の依光隆明さん、ヤフートピックス編集者の伊藤儀雄さん、JCEJ代表運営の藤代の3名でパネルディスカッションを行いました。このパネルディスカッションの様子を、ニコニコニュース編集長・亀松太郎さんにレポートして頂きました。
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Yahoo!ニュースは「ネット界の島田紳助」で、他のネットニュースは「ひな壇芸人」のようなもの。
バラエティ番組のひな壇に座る芸人たちは、ネタを言って司会の紳助にいじられるほど、テレビでの露出が増えていった。それと同じようにネットニュースの記事は、ネット界の中心にいるYahoo!ニュースにピックアップされることでPV(ページビュー)を大きく伸ばすことができる――これは、ニュースサイト「livedoorニュース」の運営に関わる田端信太郎さん(現NHN Japan執行役員)が、2010年10月出版の「ブランド『メディア』のつくり方」(嶋浩一郎編)という本の中で語っている内容です。
紳助氏はその後、芸能界を引退してしまったので、この比喩はそのまま使えません。しかし「島田紳助」を「明石家さんま」あるいは「爆笑問題」あたりに変えれば、今でも十分に通用するといえます。
そうです、ネットの世界において、月間約50億PVの閲覧回数を誇るYahoo!ニュースは圧倒的な存在感をもった「大物芸人」で、その他のニュースサイトはみな「ひな壇芸人」にすぎません。僕が運営にたずさわるニコニコニュースも、そんな「ひな壇芸人ニュースサイト」の一つです。先日(2012年9月22日)、我々があおぎ見る存在のYahoo!ニュースのトピックス編集担当者・伊藤儀雄さんが登壇するパネルディスカッションがあるというので、会場に出向きました。司会は、ニュースポータルサイト「gooニュース」のデスク経験者で、新時代のジャーナリズムに関する鋭い批評記事で知られる藤代裕之さん。そして、もう一人のゲストとして、朝日新聞の長期連載企画「プロメテウスの罠」を指揮し、日本新聞協会賞を受賞した依光隆明さん(前特別報道部長)が議論に加わりました。既存メディアの代表ともいえる朝日新聞の依光さんと、ネットニュースの現場で新しい形の情報発信を模索する藤代さんや伊藤さんがどのような意見をぶつけ合うのか、強い関心をもってディスカッションに聴き入りました。
◆「リアルタイムに動く情報が求められている」
司会の藤代さんが設定したテーマは「無数の情報があふれるネット時代において、ニュースの発信者としてどう工夫していくのか」。パネルディスカッションでは、3人の口からいくつかの具体的な取り組みが語られましたが、Yahoo!の伊藤さんの発言で印象に残ったのは「リアルタイムに動く情報が求められている」という言葉です。たとえば、サッカー日本代表の試合内容や大型選挙の開票結果は、リアルタイムで情報が刻々と変化していくため、その速報に対するニーズが大きいというのです。
伊藤さんの発言を聞いて、「やっぱりそうなのか」と合点がいきました。というのも、そのような「リアルタイム情報へのニーズの高まり」を裏付けるような体験が、最近あったためです。僕が関わっているウェブサイト「ニコニコ動画(niconico)」では、今年9月に民主党と自民党の党首選のネット中継を行ったのですが、そのときYahoo!はトップページのトピックス欄に党首選の記事を掲載し、そこからニコニコ動画やUSTREAMのネット中継へ直接リンクを張っていたのです。ネットの生中継はリアルタイム情報の最たるもの。そこへの誘導強化は、Yahoo!ニュースがリアルタイム情報を重視している姿勢の表れとみることができました。一方、朝日新聞の依光さんの話で面白かったのは、「紙の新聞」の文字の大きさが昔に比べると随分大きくなっていて、それに伴い1ページに掲載できる文字の分量が減っているという現実です。「昔は1行あたり15文字だったのが、今は10文字ぐらいになっている」と依光さんは指摘します。さらに今は活字が横にも大きくなっているため、「昔の情報量の半分以下しか、新聞に載せることができない」。その結果、「新聞では情報をどんどんそぎ落としていって、要点のみを載せるようになっている」というのです。
新聞の文字が大きくなったのは、読者の高齢化(=老眼化)への対応です。その結果、ニュース情報の「枝葉」にあたる部分をカットして「幹」だけを載せるという傾向がますます強まっているというのです。
けれども「神は細部に宿る」という格言もあります。幹しかなく枝葉のない記事は、無味乾燥でつまらないものになりがちです。そんな観点から、依光さんが指揮した原発事故の背景を探る連載企画「プロメテウスの罠」では「意識的に枝葉の部分を載せるようにした」といいます。あえて、新聞の常識の「逆張り」をしたわけです。◆ネットのニュースサイトは「枝葉主義」でいこう
この依光さんの試みは、ネットニュースの目指すべき方向を考えるうえで示唆に富んでいます。特に「ひな壇芸人」の立場にあるネットメディアがどんなニュースを発信していくべきなのか、ヒントを与えてくれます。ネット界の「明石家さんま」あるいは「爆笑問題」であるYahoo!ニュースに掲載される記事は、新聞社や通信社から配信されるニュースが中心を占めています。そして、さきほど述べたように、新聞の記事は「枝葉を落とした幹だけの記事」となる傾向が強いので、他のネットメディアはその逆張りをしたほうが存在感を示せるはずなのです。
後発のネットメディアが朝日新聞や共同通信といった既存メディアと似たような記事を書いても、司会役のYahoo!ニュースに拾ってもらえる可能性は少ないのが現実です。Yahoo!トップページのトピックス欄で取り上げてもらうためには、新聞や通信社とは異なる特徴をもった記事であることが求められます。その一つの視点が「新聞が幹だけの記事を配信してくるのならば、逆に、枝葉がたっぷりついた記事を提供していこう」というものです。
朝日新聞の「プロメテウスの罠」は、ファクト(事実)の細部にこだわった「非新聞的な手法」が読者に強く支持され、新聞協会賞の栄誉にも輝きました。それと同じく、ニコニコニュースのような「ひな壇芸人ニュースサイト」も、「枝葉主義」を大方針に掲げて情報発信をしてくべきではないか。依光さんの発言を聞いて、そんなことを考えました。Yahoo!の伊藤さんの言葉も合わせれば、「リアルタイムと枝葉主義」がネットニュースのキーワードといえそうです。
ちなみに、このパネルディスカッションから10日ほど経った10月初め、朝日新聞のニュース記事がYahoo!ニュースに配信されるようになりました。これまで朝日新聞は外部サイトへの記事配信には消極的だったのですが、ついにYahoo!との連携に踏み出しました。苦戦が伝えられる有料ニュースサイト「朝日新聞デジタル」の新規読者を増やすため、Yahoo!からのトラフィック流入を期待しての決断だったとみられます。Yahoo!ニュースが朝日新聞をも飲みこんでいくのか、それとも朝日新聞デジタルの反転のきっかけとなるのか。伊藤さんと依光さんの顔を思い浮かべながら、今後の行方を注視していきたいと思います。
(ニコニコニュース編集長・亀松太郎)
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