#JCEJ 活動日記

日本ジャーナリスト教育センター(Japan Center of Education for Journalists)の活動を紹介しています!

世界に拡散した本庶佑さんの誤情報に連携して対応、ファクトチェック最前線

日本ジャーナリスト教育センター(JCEJ)は11月7日、フェイクニュース対策などを行う「ファーストドラフト(First Draft)」のアジア太平洋地域(APAC)ディレクターのAnne Krugerさんと、インドでソーシャルメディアメッセンジャーアプリの誤情報分析を行っているフリージャーナリストのPamposh Rainaさんを招いて、オンラインセミナー「国境を超えるフェイクニュース:APACのファクトチェック最前線」を開催しました。海外では誤情報の拡散を防ぐために何が行われているのか、事例紹介とともに、様々な意見が交わされました。

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右からインドのフリージャーナリストPamposh Rainaさん、「ファーストドラフト」アジア太平洋地域ディレクターのAnne Krugerさん、JCEJの耳塚佳代

世界に拡散した本庶佑さんの誤情報

オンラインセミナーでは、AnneさんとPamposhさんから、自身の取り組みや事例解説が行われました(事前に録画)。

Anneさんは、「ファーストドラフトのミッションは、害のある情報からコミュニティを守ることです」と語ったうえで、世界中のジャーナリストが参加する事実検証のプロジェクト「クロスチェック」の取り組みを紹介しました。

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Anne Krugerさん

最近の国際的なファクトチェック事例として、新型コロナウイルス関連の誤情報を挙げました。ノーベル生理学・医学賞を受賞した本庶佑さんが、「新型コロナウイルスは中国で人為的に生産された」と発言したという誤情報が、オーストラリアとインドで、ワッツアップ、フェイスブックツイッターで流れたというものです。オーストラリアでは、コロナウイルスに関する検索ワードのトレンドでこの話題がトップ入りしました。本庶さんに関するニュース報道はなく、なぜ検索しているのか調査すると、暗号化されたチャットアプリで流れてきた情報を検索していました。

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世界に拡散した本庶佑さんの誤情報(Anne Krugerさんの発表資料より)

この誤情報は、その数日後に、イギリスのテレビ番組の関係者が、自身の530万人のフォロワーに上記のような画像をツイートしましたが、国際的に連携しているメディアパートナーたちとの協力により、イギリスでもすぐにファクトチェックが実施されました。

米Institute for the futureの研究によると、誤情報の報道に関する必要なトレーニングを受けているのはジャーナリストの14.9%だけで、オーストラリアでも14.1%にとどまっています。トレーニングを受けていたとしても、1年に3日間かそれ以下、という短い期間です。

Anneさんは、地域の文脈に合わせたトレーニングの必要性を指摘したうえで、「ファーストドラフトは、知識やリソースを提供する『教える側』を育てるプログラムも行っています。地域の専門家と連携することが大切になってきます」と話していました。

インドでは宗教がらみの誤情報も流れる

次に登場したPamposhさんは、インドでは、22の公用語に加えて、複数の方言も話されているという同国特有の課題があることを指摘しました。さらに、安価なスマートフォンや4Gのネットワークが整備されたことで、ソーシャルメディアを扱う企業が進出している一方、ユーザーが情報の正確性を気にしていない問題があるといいます。「偽情報を拡散することで、暴力、時には人の死につながることを理解していない」と警鐘を鳴らしました。

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Pamposh Rainaさん

例として、3年前に起きた誤情報の拡散を挙げました。ある地域で、子どもの誘拐が起きているという噂がワッツアップなどで拡散し、暴力やリンチ事件が起きたというのです。

この地域では、歴史的に子どもの誘拐が起きていたため、部外者に対する警戒感が強く、噂を受けて、部外者に対するリンチが起きました。しかし、流れた情報は、インド国外で撮影された子どもの死体画像に、「子どもたちを守れ」というナレーションが入ったものでした。この事件を機に、インドのジャーナリストたちが、誤情報が深刻な問題だと認識するようになったそうです。

また、新型コロナウイルス関連で、当局が、感染が広がったのは国内外の数千人のイスラム教徒がニューデリーで開いた集会だと主張し、SNSやメッセージアプリは、インドでは少数派であるイスラム教徒を攻撃する動画であふれたという問題も挙げました。

宗教的な集まりで、イスラム教徒たちが、食器をなめたり、素手で食事をしたりする写真が、「ウイルスを付着させている」として広まりましたが、この画像自体は2018年からネット上にあり、新型コロナウイルスとは無関係のものだったそうです。Pamposhさんは、「政治・宗教的に分断が深まるインド社会では、最前線で戦うファクトチェッカーやジャーナリストの仕事はより複雑になります」と語っていました。

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イスラム教徒に関する誤情報が広がった(Pamposh Rainaさんの発表資料より)

インドでは、ファクトチェックの取り組みとして、多数のファクトチェッカーが参加するワッツアップのチャットグループが作られ、言語や文化に関する知識を補いあいながら、取り組みを進めています。

ただ、ワッツアップのような暗号化されたメッセージアプリでの誤情報対策は発展途上で、ワッツアップの運営側も、ユーザーが実際に見た情報を報道機関のアカウントに直接送ることのができる「ティップライン」という仕組みを作るなど、徐々に対策が進みつつあります。

アメリカ大統領選、誤情報の拡散を止めに効果

オンラインセミナーではその後、JCEJ運営委員の耳塚佳代の司会による、リアルタイムでのQ&Aセッションになりました。まず、ファクトチェックの効果があった事例がテーマとなり、Anneさんは、オーストラリアで行っていたアメリカ大統領選挙のファクトチェックを紹介しました。

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JCEJ運営委員の耳塚佳代

それは、ジョー・バイデン候補(当時)のディープフェイク(人工知能などの高度な合成技術を用いて作られる、偽の動画)です。バイデン候補が集会で、「こんにちは、ミネソタ」と呼びかけたにもかかわらず、背景はミネソタからフロリダにすり替えられていました。バイデン候補が、自分のいる州を間違えているとして、動画が広まりました。

しかし、バイデン陣営から公式動画をもらって確認したところ、誤りがわかったそうです。フロリダは暖かいはずなのに、バイデン候補が寒そうにしていたことなども手掛かりになりました。ファクトチェックを行うことで、拡散は比較的早く止まったといいます。

一方、Pamposhさんは、新型コロナウイルスパンデミックについて、「ベジタリアンはコロナにかからない」「スパイスがきく」といった食に関する誤情報が溢れていて、政治問題などをウォッチしていたインドのファクトチェッカーたちが、すぐに切り替えて対応したことによって、拡散を食い止める効果があったそうです。

報じられることで広まってしまった「Momoチャレンジ」のデマ

また、ファクトチェックがうまくいかないケースを考える上で、耳塚は、ファクトチェックなどで間違いを指摘されても、自分の価値観と異なる情報を信じずに、さらにその価値観を強めてしまう「バックファイア効果」が起きる懸念を挙げました。

これに対し、Anneさんは、「すぐにファクトチェックすると、逆に誤情報がもっと拡散してしまう。遅すぎると逆にゾンビのように蘇ってしまう」と、発信タイミングの難しさを語ったうえで、2018年から19年にかけて、10代の若者の間で広がった捏造コンテンツ「Momoチャレンジ」の例をあげました。

これは、Momoという、日本人アーティストの作品画像(目の飛び出た女性の画像)を使った謎の存在が、YoutubeSNSで子供たちに自殺するように指示しているというデマです。もともとは限られたコミュニティでシェアされていたものですが、ファクトチェックの記事が出ることで、逆に親たちが不安になり、さらにデマが拡散されてしまったそうです。(補足:Guardianの記事によると、英国では、地元紙や大手メディアが報じ、英国の北アイルランド警視庁が注意を促すコメントを出したことで、噂に信憑性を与えてしまい、さらに拡散したそうです)

www.theguardian.com

伝わりやすいフォーマットを考えることが必要

また、今後の課題について、2人に聞いてみたところ、ファクトチェックの表現方法をめぐる問題が指摘されました。

Anneさんは、読者は記事の本文を読まず、見出ししか見ないことが顕著だとして、見出しにこだわることの必要性を挙げました。「噂があることをヘッドラインで繰り返すと、それが事実のように見えてしまう」と語っています。具体的には、Twitterで紹介する際には、シンプルな見出しにすることや、注目されるようなビジュアル面での工夫が必要だとのことです。

一方、Pamposhさんも、「ファクトチェックのフォーマットをクリエイティブに考える必要がある」として、フォーマットを見やすく、シンプルにする、リンクを入れ込むといった工夫をすることで、読者が「こういう情報を見たけど、間違っていた」とシェアしやすくなると説明しました。「メディアリテラシーの視点も入れて、どうすれば伝わりやすいかを考えることが必要です」と語っていました。

(まとめ:JCEJ運営委員・新志有裕)