日本ジャーナリスト教育センター(JCEJ)が10月に開催した、英米データジャーナリズムの調査取材報告会のレポート第2弾を、読売新聞メディア局の松井正さんに寄稿していただきました。
「ビッグデータの時代」といわれる中、ジャーナリズムの世界でも、大規模データを活用した報道事例が急速に増えている。その舞台裏を現地で直接取材し、報告する会が開かれると聞き、ニュースサイト「ヨミウリ・オンライン」の編集に携わる身として、勉強のために参加させていただいた。
私は読売新聞東京本社のメディア局編集部に所属し、ニュースサイトの編集や運営に携わっている。日々のニュース更新作業は忙しく、アッという間に一日が過ぎてしまうというのが正直なところで、データジャーナリズムを実践する海外メディアの活躍を聞いてはいても、自分たちにはとても手が回らない、どこか縁遠い存在と感じてきた。だが今回の報告会では、海の向こうの同業者がどうチームを編成し、データを取得し、ビジュアルに発信しているのかをうかがい知る貴重な機会だ。既にキャンセル待ちの状態だったがダメ元で申し込み、当日夕方になんとか参加を認められた。
JCEJでは今回、データジャーナリズムの先頭を走る米国と英国に、取材チームを派遣した。最初に登壇したJCEJ運営委員の赤倉優蔵さん(通信社勤務)は、米国を担当。2013年デジタル・ジャーナリズム・アワードで、最終候補に26件も残った国だけに、豊富な事例が報告された。
中でもニューヨーク・タイムズ(NYT)の、「Toxic Waters(汚染水域)」と題する一連の調査報道は興味深いものだった。
同社は政府に対し、水質汚染に関する情報公開請求を500回以上も敢行。2千万件という膨大な測定データも解析し、水質汚染の実態を、州ごとにウェブ上で提示した意欲作だ。データの積み上げで汚染源の企業まで特定するなど、大量データを緻密に分析した成果は、地道な苦労をしのばせる。生活に直結した水に関する調査報道だけに、読者からのコメントは2000件にも及んだという。
担当者のデレク・ウィリス氏は、「読者の反応を見ながら報道を進化させている。中でも(水汚染者を検索できるような)ウェブ上の仕組みはデータ報道のカギだ」と取材に答えている。同社ではグラフィックチーム30人、CAR(コンピューター補助取材)チーム6〜7人、インタラクティブニュースチーム20人の人員を配置し、紙とネットの両方で報道を展開しているといい、その陣容と力の入れ方には驚かされた。一方の英国については、JCEJ学生運営委員長の木村愛さんが、対照的な体制を持つ2社の報告をしてくれた。
チーム報道型のBBCは、2012年にビジュアルジャーナリズムとデータ解析の両チームを発足し、番組とサイト双方で展開中だという。特にサイトでは、地図や双方向コンテンツに重点を置いているといい、巨大組織BBCの貫禄を見せている。
同社では、世界の汚職状況を調査するNPO「トランスペアレンシー・インターナショナル」のデータを元に、「世界で最も賄賂がひどい国は?」というユニークな特集を展開。発展著しいアフリカやアジア各国では、国家の腐敗も年々ひどくなっているという実態を、地図上に鮮やかに描き出した。「専門チームが担当することで経験が蓄積され、改善される。個人が全ての知識を持つ必要はない」というジョン・ウォルトンさんの意見には、説得力と同時にうらやましさも感じた。やはりデータジャーナリズムは、本格的な体制を敷かないと実践できないのか…。そんな疑問を払拭してくれたのが、続いて報告された地方紙メディア・ウェールズの取り組みだった。
同社では3人の記者がデータジャーナリズムを実践しているというが、個々の記者は比較的自由に動いているという。その1人クレア・ミラー記者は、ウェールズ地方で保護された子供たちが、公的機関の連携不足などで自宅から遠く離れた場所で保護され続けるケースが多いことを、18の地方議会から入手したデータで導き出した。ミラー記者はほぼ1人でこの調査報道を手がけたといい、「誰でも実践可能な情報公開請求でデータを集め、無料のウェブツールで加工している」という。小規模な会社や個人でも、データジャーナリズムを手がけている事例には、非常に勇気づけられた。調査報道は“新聞社の花”ともいわれ、70年代にはNYTのペンタゴン・ペーパーズ、ワシントン・ポストのウォーターゲート報道などが金字塔として知られる。報道機関にとって重要な存在であることは今も変わらないが、人手と時間、コストが非常にかかる手法でもある。読者がネットへ急速に移行し、収益の悪化に苦しむ新聞社が欧米で増える中、手間がかかる割に儲からない調査報道は、各社とも取り組みにくくなっているのが現状だ。そんな時代にこそ、安価になったテクノロジーを活用するデータジャーナリズムは生きるのではないだろうか。
調査報道のコストをネットによる収益で賄うのは、正直まだまだ難しい。だが質疑応答でわかったのは、現地では「まずは面白いからやってみよう!」という、意外に明るいノリで手がけている事実だ。最長では7年もかけた報道があれば、8時間で世に出た作品もあるという。まずは新しい技術を習得し、磨きをかける気持ちで、身の丈にあったサイズから始めることが得策だと感じる。埋もれた事実を膨大なデータから掘り起こし、インフォグラフィックを使ってわかりやすく世に問う――。デジタル時代に不可欠なデータを活用した報道は、「紙プラスアルファ」の価値を生み出す上でも、必ず機能するはずだ。我々もサイトと新聞本紙の両方で、いつか挑戦してみたいと感じさせてくれる報告会だった。報告者ならびに関係者の皆さんに感謝したい。
(読売新聞メディア局編集部次長・松井 正)
データジャーナリズムを実践するJCEJの取り組み「データジャーナリズムキャンプ&アワード2013」の応募締め切りは、11月15日(金)です。データジャーナリズムにはそんなに詳しくないけれど熱意とやる気はある!という方、新しいことに挑戦してみたい方、スキルを磨きながらチームで取り組むまたとない機会です。イベントの概要、お申し込みは特設サイトからお願い致します。<関連リンク>
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