#JCEJ 活動日記

日本ジャーナリスト教育センター(Japan Center of Education for Journalists)の活動を紹介しています!

「ささやかな抵抗」としてのルポ  ジャーナリストキャンプ福島2013・参加者レポート

日本ジャーナリスト教育センター(JCEJ)が5月に福島県いわき市で開催したジャーナリストキャンプのレポートを、GREEニュース編集・企画を担当する菅原聖司さんに書いていただきました。キャンプでの取材をもとに菅原さんが執筆した「どこにも行けない、ここにもいられない」”フィリピンパブと仮設住宅”で揺れる女性たちには多くの反響がありました。記事が生まれた背景にはどんな問題意識があったのか?

「どこかで見たことがある話が多いな」
ジャーナリストキャンプ前、参加者の問題関心と取材テーマが書かれた資料をパラパラとめくると、そんな感想が頭に浮かんだ。原発放射能、復興などの言葉と、それらしい取材項目。しかし、今このタイミングで「ジャーナリストキャンプ」に参加したうえで「ダイヤモンドオンライン」で伝えるテーマだろうか。「テーマの切り口があまり面白くないな」――失礼を承知で言えば、これが率直な感想だった。

今回、僕はインターネットニュースの編集者として参加したこともあり、ポジションを明確にすることにした。それは、「マスメディアが伝えきれていない問題をネットニュース的に興味深く描く」と言うことだ。
大手メディアとネットメディアという対立軸ほどつまらないものはないが、せっかくの機会なので、敢えてそういう立ち位置で記事を書くことにした。「記者に文章で負けることがあっても、テーマの面白さやPVで負けたら終わり」という「縛りプレイ」を、誰に要求されるでもなく自らに課すことにした。

僕は「『どこにも行けない、ここにも居られない』フィリピンパブと仮設住宅で揺れる女性たち」と題して、在留フィリピン人女性を取材対象にした。実は、この問題に対して元々関心があったわけではない。そもそも、在留外国人はもちろん、フィリピン人の方ときちんと話したのも今回が初めての経験だった。さらにいえば、パブに行ったことも一度もなかった。

取材テーマを考えていると、マスメディアはもちろん、フリーランスの記者も在留外国人の日常にフォーカスすることが非常に少ないことに気付いた。「少数者の意見を伝える」「マスコミでは伝えられていない事実を伝える」……不思議なことに、彼らの目に在留外国人は映っていないかのようだ。小名浜のソープ街は取材するのに、フィリピンパブには誰も行かないのはなぜだろう?
そこにいる彼女たちの声に耳を傾けることは、いまの震災報道に対する「ささやかな抵抗」になるかもしれない――こうして、テーマが決まった。

僕が所属した朝日新聞依光隆明デスクのチームは、統一テーマを「被災地に生きるマイノリティ」に決定した。参加者3人の取材対象やテーマは異なっていたが、根底にある問題意識が一致していると思ったため、僕から提案させてもらった。結果的に、酒造さんと小野さんの記事を読むと、その判断は間違っていなかったと思っている。
依光さんからは、個人的に「現場に答えが落ちている」「とにかく空振りしろ」というアドバイスを頂いた。それを愚直にこなすことが、僕のキャンプ3日間のすべてになった。

パブの取材は難航を極めた。片っ端からパブを出入りして話を聞きまわったが、これといった手掛かりもなく、文字通り「空振り」の連続だった。しかし、ある店で仲良くなったフィリピン人女性からは興味深い話が聞けそうだった。
「もう一回行ってみればいい。なんなら、デートに誘いだしてみたらどうだ」依光さんはにやりと笑った。

実際に毎晩通い続けると、「言葉」が変わっていった。そして、最後には「あなたの取材したい気持ちが分かったから、出来ることはすべてしてあげたい」と言ってくれた。また、彼女が心理的ストレスを具体的に語り始めたことで、他のお店の女性も同様の話をしていたことを思い出した。
そこで、いわき市の国際交流協会に尋ねてみた。「在留外国人のメンタルヘルスに関する現状についてデータはありますか?」回答には、震災後に相談件数が急増しているデータとともに、こう書かれていた。「極めて深刻化しており、解決のためには今後とも専門家との連携が必要」。現場の取材から結びついた「ファクト」だった。
(ちなみに、彼女から何も聞き出せなかった場合は、デートに誘う時間もなかったので理由をつけて家に上がり込もうと思っていた。幸か不幸か、その機会は訪れなかった)

記事の文章は平易で、パブの空気感が伝わるものにしたいと考えた。震災に興味がなくてもタイトルの「フィリピンパブ」で惹かれてもいい。むしろそういう人にこそ読んでほしい。依光さんからは、現場の具体性(相手の顔立ち、店内の雰囲気、音楽など)を書くように教えられた。また、相談の結果、説明調の前文は入れないことにした。記事の冒頭から読者をパブの中に招き入れ、読み進めるうちに自然と現状の課題が明らかになるような構成を考えていった。

記事掲載後、JCEJの藤代裕之さんからは「王道のテーマだったね」と声をかけられた。現役の記者が数多く集まった中で、ネットニュース編集者の僕が「王道」というのも変な話だが、震災報道では王道のテーマでさえ「まだまだ伝えられていない」という問題を改めて感じた。それはジャーナリズムに関わるすべての人間に突き付けられている課題に他ならない。

他のチームに関しても、結果的には様々なテーマの記事が出た。キャンプ中にデスクからの批判にさらされたり、チームが空中分解寸前までいくことで、切り口が単純であることが許されなくなったからだろう。もちろん、優れた記事もあったが、やっぱり面白くない記事もあった。ただ、なぜ面白くないのかについては、参加したからこそ分かることがあった。その意味で一つ一つの記事が勉強になった。

また、今回はネットに公開されたことで「記事を書いてからがもう一つの本番」になった。僕も含めて、各人とも様々な反響が寄せられ、色々と考えることも多かったのではないかと思う。個人的にも、まだまだできたと思うところがあるし反省点も多い。ただ、当初に縛った問題の切り口とPV(公表されていないが、多くの方から読んで頂けた)については、クリアできてよかったと考えている。

今後、本業ではネットニュースだからできることを試行錯誤していきたいと考えている。ある記者の方からは、「フィリピンパブをテーマにすることは、紙面ではなかなか難しい」と言う話を伺った。ネットという良い意味での「ゆるさ」を武器に、ユーザーにこれまで見たこのがない景色を届けられる企画を発信していきたい。
ネットニュースには、まだまだいくつもの可能性があると思っている。ゴシップと釣り記事で稼げるPVの誘惑に負けず、よろよろとでも次の一歩を踏み出したいと考えている。
(菅原 聖司)

ジャーナリストキャンプ報告の締めくくりとして、いわき市でのキャンプ開催を提案した社会学開沼博さんと、JCEJの藤代裕之代表が対談しました。キャンプを振り返りつつ、連載を通して見えた、メディア、被災地が直面する問題や、ソーシャルメディア時代のジャーナリストの在り方を巡る対話です。
対談・開沼博vs.藤代裕之 記事の「炎上」は福島を語るのに重要だった


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