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#JCEJ 活動日記

日本ジャーナリスト教育センター(JCEJ)の活動を紹介しています!

震災デマが「成長し、暴れる」姿を目視で実感ービッグデータワークショップ参加レポート

ワークショップ

日本ジャーナリスト教育センター(JCEJ)は、社会に存在する膨大な量のデータを解析し、可視化して伝える「データジャーナリズム」に力を入れ、ワークショップを複数回開催してきました。2012年の9月から10月にかけては、東日本大震災ビッグデータワークショップ運営委員会(グーグル株式会社、 Twitter Japan 株式会社)が「東日本大震災ビッグデータワークショップ - Project 311 -」を開催し、JCEJの運営メンバーも参加しました。ワークショップで同じチームだった共同通信社の飯塚麻代さんによるレポートをご紹介します。

データジャーナリズム」。最近、気になる言葉だ。報道機関に勤めて数年、メールとFAXと会社が用意したCMSだけで、全ての業務をこなしてきた。IE以外のブラウザがあることも知らなかった。でも、面白そうだから何かしてみたい。そんな軽い気持ちで「3.11東日本大震災ビッグデータワークショップ」に登録した。

参加することにはなったが、私自身は素データを扱うことができない。
新聞向けのグラフィックス作成のため、エクセルで棒グラフを作ったのが‘自分史上最高’だ。ワークショップ参加者たちは、発表内容をさらに前進させるためメーリングリストで途中経過を公開しあっていたが、複数のデータをgoogle earth上で重ね合わせ、視覚的に表現している3Dマップを「取りあえず」と言わんばかりのラフな雰囲気で見せられると、ますます不安にかられるのだった。

同僚からJCEJ代表運営委員・藤代裕之さんをご紹介いただいた私は、「twitterの情報拡散とマスメディアの関係性の有無」について発表するチームに加えていただくこととなった。
twitter東日本大震災直後に流布した「コスモ石油の火災で千葉に有害な雨が降る」というデマの拡散と収束をテキストデータを用いて分析し、デマ理論の枠組みで考察するのが発表の主題だった。内容はワークショップのサイトに公開されているので、詳細はそちらを参照していただきたい。(詳細はこちら

チームの課題の一つは、デマの種となるツイートを突き止めたり、そこからデマがどう派生していったのかを調べたりするには、テキストであるツイートを機械的に解析するだけでは不十分なことだった。
非常に単純化した例でいえば、「コスモ」という言葉でツイートを抽出すると、「千葉で有害な雨が降る」というツイートは引っかからない。もし、このツイートが最初にデマの内容をつぶやいたものならば、重要な要素を見逃すことになる。議論を重ねた結果、出た答えはツイートの「目視確認」。私は、データを扱えないという自分の不安が杞憂に終わったので内心ほっとしていた。「目視なら誰でもできる」。確かにそう思った。

目視なら誰でもできる。それは事実だったが、同時に嘘でもあることを、私は後から思い知った。エクセルに行儀よく並んだ2011年3月11日から数日分の人々のつぶやきは、1時間読み続けても全体の数%も消化できない。もちろん膨大な数があるためだが、同時に、一つ一つのつぶやきから発生直後の混乱が生々しく伝わってくるからでもあった。
「怖い」「逃げて!」「これって本当?」―読み進めるほど、まるで140文字でできたボールが、むき出しの感情を引き連れて、自分にどんどん飛んでくるような感覚に襲われる。私はそれを取りあえず受け止めてみるのだが、ボールの持ち主を想像したり、自分の体験を思い出したりして、やたら時間がかかるのだった。それは、震災から1年半以上が経過した今、日常生活を送る上ではほとんど感じなくなったものだったからだろう。

目がかすむ、腰が痛いと文句を言いながらも目視を続けるうちに、慣れるとどのツイートがRTされるかパターンも分かってくるので、中盤からはかなりスピードアップすることができた。
まずデマのもととなるツイートがあり、【拡散希望】などとついて広がる。「デマではないか?」という声がちらほらと見えるがほとんど無視され、「○○によると」などといかにもありそうな情報源を明示するものまで現れて、さらに拡散する。そこで、既存メディアなどが「これはデマである」と報道することで徐々に収束する。デマの一生を描いた本を読了した気分だった。
ビッグデータの解析では、こうした人的作業はなるべく省くのがよいのだろうが、情報はまるで生きもののように成長し、暴れるということを実感できたのは、やはり自分で読み進めたからこそだろう(人によっては数値化して比較することで実感できるだろうし、テキストを機械的に解析する技術はとても進んでいると聞くし、ここで目視が優っているというつもりはない)。

今回、多くの参加者は理工学系で、ビッグデータの解析や視覚化は素晴らしく、編集の人間はむしろ場違いに近い状態だったと思う。ただ、メディア側として見ていると、それがどこまで社会の役に立つのか、また一般の人々にとって本当にわかりやすいのか、疑問を持つ場面もあった。

複数の担当者がそれぞれ異なるアプローチから共同でデータを扱う必要性を感じた。これはメディアのデジタルコンテンツ制作や「データジャーナリズム」にとっても、同じことが言えると思う。
編集、データ解析、デザイン、営業等の各担当者が協働することで、「読者のニーズに応え、ためになり、分かりやすく、面白い」ものが最適なタイミングで発信できる。これが現在、各国のメディアが目指すワーキングスタイルであり、またデジタル関連の職場にいる自分自身も深く共感するところである。

最後になりましたが、見ず知らずの素人を受け入れて下さり、的外れな意見も聞いて下さった藤代さま、山口さま、小笠原さま、赤倉さま、川島さま、ありがとうございました。あらためてお礼申し上げます。
共同通信社・飯塚 麻代)

【JCEJが主催した「データジャーナリズム」ワークショップ】

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