#JCEJ 活動日記

日本ジャーナリスト教育センター(Japan Center of Education for Journalist)の活動を紹介しています!

「偶然を力に換える」〜「ジャーナリストとキャリア あなたの「働く」論を考える」〜

 「次回はキャリアを見つめ直すワークショップはどうだろう。ジャーナリストって、そういう機会ないよね」。先日、日本ジャーナリスト教育センター(JCEJ)運営委員のミーティングで、代表運営委員の藤代裕之さんから、こう提案があったとき「それいい!」と真っ先に賛同しました。

 記者になって10年余り。やめたい、転職したい、と考えているわけではありませんが、日々に追われるうちに、私は何がやりたかったんだっけ?何を楽しいと思っているんだっけ?なんて迷ったり、私なりの「壁」も見えてきたりしています。さらに、これから結婚&出産という一大プロジェクトも控えている身(※あくまで予定!)として、今後の人生と仕事をいったいどう考えればいいのだろうか…。漠然と不安を感じていただけに、大きな期待を持って、参加しました。

 当日は、講師のくりおねさん(@clione)が、キャリアを考える際にヒントとなる切り口を話してくださった後、参加者同士で仕事について議論、共有し、最後に全員が自分にとって働くとは何か、という「私の『働く』論」を発表するという流れ。私にとって、2つの大きな気付きがありました。

腐らず、焦らず

 その1つは「与えられた機会を積極的に生かす」ということ。くりおねさんの話の中に出てきた ”Planned Happenstance” 理論が、きっかけでした。

           ”Planned Happenstance” 理論
□個人のキャリアは、予期しない偶然の出来事によってその8割が形成される
□その偶発的な出来事を、主体性や努力によって最大限に活用し、力に換えることができる
□偶発的な出来事を意図的に生み出すように、積極的に行動することでキャリアを創造する機会を生み出すことができる

 組織で働いていると、個人の思うようにはいきません。例えば、そのポストに就いたことや、その仕事が降ってきたのは「たまたま」だったのかもしれないけれど、自分の姿勢次第で「力に換える」ことができる。とっても素敵な考え方ですよね。腐らずに済みそうです。

 実は、私は若い頃「○○を担当したい、絶対したい!」という思いが強く、実現しないと不満を募らせて、目の前の仕事に懸命に打ち込まず、周囲の方々に不快な思いや迷惑をかけた苦い経験がありました。その反省から、望まない異動があった後輩には「その場その場でやるべきこと、できることがあるから、それを見つけて一生懸命やっていれば、見ている人は見ているし、きっとチャンスが巡ってくるよ」と声を掛けるようにしていました。この私の考えが裏付けられたようで、ちょっと嬉しくなりました。

 さらに、くりおねさんから「興味とスキルと市場が重なり合う『金脈』を見つけるには、ある程度、時間がかかる」との言葉の紹介もありました。(※出展はティナ・シーリグ著「20歳のときに知っておきたかったこと」)その言葉を聞いた瞬間、そうだよね、そんな簡単には見つからないし、焦らなくてもいいんだよね!とほっとしました。たとえ、すぐにベストだと感じる仕事や働き方が見つからなくても、努力する姿勢を忘れずに挑戦を続けていれば、それが積み重なって力として蓄えられ、私なりの「金脈」が見つかるのかも、と希望を感じたのでした。

 そして、もう一つの大きな気付きが、私の原点でした。

 参加者同士の議論の時に示されたテーマの一つが「(仕事で)ささやかだけど大切にしていること」。最初は、私は地方紙の記者なのだから、やっぱり「地域が良くなること」かしら、などと考えていたのですが、ふと「ささやかだけど」が気になりました。ちっちゃいことだけど大切にしていること…。「1人でも多くの人に会う」がひらめきました。記者という職業柄、当然とはいえ、無理やり口実を見つけては、できるだけ多くの新しい人にアポイントを入れます。その度に、どんな人だろう、早く会いたいな、と、ときめきます。ああ、なんだかんだ言って、私は人間が好きなんだなあ。もともと記者になった動機でもあったのですが、あらためて、というか、久しぶりに、自分の原点を思い出しました。

ささやかな仕掛け

 最後に全員が発表した「私の『働く』論」では、正直、私は納得できる考えがまとまりませんでした。働く → 役に立ちたい → 地域に暮らす一人一人の人生や幸せを後押ししたい、とまとめましたが、もちろんそれは嘘ではないのですが、それが私の「働く」ということなのかな?と、腑に落ちていません。まだまだ、私は迷いの中にあるようです。道は遠いな、とため息も出ましたが、今回のワークショップを通じて、日々の仕事への向き合い方と私の原点の2つが見えたという大切な収穫を得ることができました。

 ところで、懇親会の席で、くりおねさんに、なぜ「ささやかだけど」を付けたのか、と聞いてみました。くりおねさん曰く「大切にしていることは、と聞くと、多くの人がかっこつけちゃう。ささやかだけど、と聞いて、こんなことはたいしたことないんだけど…と話すこと、実はそこに意味があるんです」とのこと。うーん、なるほど。見事にその仕掛け通りの展開となっていた私でした。「神は細部に宿る」という言葉もありますよね。こうして細かな部分まで考え抜いてワークショップを設計しておられるくりおねさんのプロ意識に、脱帽でした。ありがとうございました!


(運営委員・田中 輝美)

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